プロフィール&アルバム 斎藤圭司 斎藤綾子 ドロンワーク刺繍作品集
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  斎藤圭司    Keiji Saito

本名 西島圭司。 (斎藤は旧姓) 1933年12月 東京・町屋に、 斎藤綾子の第3子として生まれる。 東京・戸越で幼少期を過ごし、 昭和15年に家族と共に湘南茅ヶ崎に移住。 16歳の頃から、母・綾子の許で ドロンワーク刺繍の技術を学んだ。 以後、母とともに数々の作品を製作、発表する。 日本橋三越、横浜元町近澤レース店、 横浜元町POPPY洋品店、 旧中西義兵衛商店(現在のブルーミング中西株式会社) 等を主な取引先とし, 母・綾子と共に、ドロンワーク刺繍作家として活躍した。 大卒サラリーマンの初任給が、月14,000円程と言われた時代に、 彼の製作したハンカチは、1枚 30,000円の値を付け、 当時話題となり、雑誌等で紹介された。                                              2013年1月 永眠


       斎藤綾子Ayako Saito


1903年9月 横浜生まれ。 1923年 関東大震災で被害に遭い、 横浜から湘南茅ヶ崎に移住。 結婚後、暫く東京で暮らすも、 昭和15年、再び家族と共に茅ヶ崎に住む。 伯父は、明治・大正に活躍した演歌師・添田唖蝉坊。 従兄妹は、新潮社文芸賞、毎日文化賞、 第9回日本レコード大賞企画賞を受賞した、 作家・添田さつき。  青春時代に、ドロンワーク刺繍と出会い、 深く感銘を受け、独自の技法を研究・開発する。 オリジナリティ溢れるデザインと、 緻密で精巧なドロンワーク技術は広く定評があった。 当時は高いステータスがあった、 日本橋三越本店・特選品売場に、 作品が非売品として常設展示された。 美智子妃御成婚の際には、 御学友から御結婚御祝品として贈る テーブルセンターとハンカチの依頼を受け、 製作を手掛けた。               1981年4月 永眠



二人のアルバム

二人が暮らした茅ヶ崎市東海岸南1丁目界隈の当時の貴重な写真
この道は、現在の鉄砲道。中央奥の四角い建物が現在のセオサイクル付近。



圭司所有のアルバムに残されていた
綾子と圭司の写真。 写真の下に、 
「1937年夏」と直筆で記されている



圭司が赤ちゃんの頃の唯一の写真
右;圭司  左;兄






    圭司は4人兄弟の3番目である




仕事の合間にくつろぐ綾子と圭司



     談笑しながらドロンワークを製作する綾子
兄と出資し合って購入した
当時の愛車・シボレーと 








     圭司がドロンワークを始めた頃



製作中の作品の前に座る綾子     居間でくつろぐ二人





ドロンワークを製作している圭司






    ドロンワークを製作している綾子






居間で作業をする綾子




新婚当時の写真。
表札が「斎藤圭司」となっている。




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KEIJI and AYAKO SAITO  the eternal gallery of Drawnworks embroidery